「黒川」の由来について
黒川郷とは大間々町神梅から北の勢多郡黒保根村(現在は桐生市黒保根町)、東村(現在はみどり市東町)の地域である。戦国時代初頭に「黒川八城」と呼ばれて深沢城、五覧田城、三カ郷城、小中城、座間城、神戸城、草木城、沢入城があり、「黒川の郷」と呼ばれ、またその地域に住して、当時の武士団として活躍した人々を「黒川衆」と呼んでいた。「合戦録」「老談記」と称する戦記類の中に良く出てくる地域名であり、武士集団の呼び名である。
黒川の地名の由来は、その昔、渡良瀬川は、川の岩が黒いため水が黒く見えたことから、黒川と称されるようになった。 全国にある黒川と呼ばれる場所を調べてみると、その上流に鉱山のある黒川が70パーセント余りある。桐生市の黒川の上流にはマンガン鉱が、東村の上流には足尾銅山があり、山梨県の黒川渓谷にも黒川金山があり、茨城県大田市にある黒川には砂金が豊富に産出されていた。
このように黒川と呼ばれる場所は、昔から富に恵まれた地域として全国的にも羨望視され、そこで生産された鉱物資源だけに限らず、「食べれば金銭的に豊かになっていく気持ちがする」として食べ物類も尊重されていたものと思われる。
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